東京のたい焼き ほぼ百匹手帖

2014年04月20日

京都三条 幸福屋【立川@期間限定】

     
 
たい焼きを買いに立川に来た。

北口から広がるペデストリアンデッキの行き着く先に、
堅牢な外観をクルリと何かに囲われた伊勢丹が聳え建っている。
日曜日の開店前の伊勢丹の一階正面玄関には、
数名の買い物客が佇んでいるほかに、
その脇の地下へ通じる階段に結構な人数の初老の男女が、
いささか緊迫感を醸し出して座り込こんでいる。

何事かと思い階段を下りていくとチクチクと刺さるような鋭い視線が、
コチラをけん制する様に四方八方から飛んでくる。
こんな光景を昔の映画でみたなぁと思いながら、
たどり着いた地下食品売り場の扉前にはロッカーとベンチがあり、
そこもすでに数名の初老の買い物客が陣取っている。
尋ねてみると朝市的な野菜の安売りが催されるとの事。
コチラとしてはその催しには参加の意志は無い事の表明を兼ねて、
薹が立ったジェット団達の合間を軽く『Tonight』を口ずさみながら、
再び一階の入り口前まで駆け上がって行く。
やがて開店と同時に雪崩れ込む初老のジェット団達。
その後を悠然と歩を進め行き着いた先は期間限定の京都フェア。
その食料品催物場の一角で「京都三条 幸福屋」が出店している。

出会いは数年前の吉祥寺。
念願の「菓匠こしの」の羊羹を全種類購入して、
ホクホク顔で帰路に就いた途中で立ち寄ったのはアトレ吉祥寺。
そこに漂っていた鼻腔をくすぐる芳ばしい香りの先を辿ると、
見慣れぬ名前の店がたい焼きを実演販売していた。
聞けば京都は三条からお越しとの事で、
姿の良い羽根付きたい焼きを取り扱っている。
袖触れ合うも他生の縁とばかりに数尾数種を購入して帰ったら、
その日の社内は「京都三条 幸福屋」のたい焼きの話題で持ちきりで、
その光景を「菓匠こしの」の水羊羹を食べつつ眺めていた。

なかでもカスタードに対する評価がすこぶる高く、
既存のたい焼きや今川焼でお目にかかるカスタードの、
ネットリと甘くて口内から喉奥まで覆い尽くしていく糊の様な、
申し訳程度にクリーミーな風味の物とは一線を画する、
これまでにたい焼きで味わった事の無いモノであった。
何しろとがった所が一切無いまろやかで優しい甘味と、
クリーミーでいてふんわりとした舌触りの食感で、
卵とミルクの香りがしっかり立ってくる。
言うなればカスタードプリンが入っているようなもので、
これが業務用のカスタードなら全国のたい焼き屋さんは、
急ぎ取り入れるべき逸品である。

久しぶりに、それも目の前で起こる見るたい焼きの、
局地的ではあるがムーヴメントが目と脳裏に焼き付いて、
何とも言えない多幸感に包まれてと供に忘れ難い光景となった。

しかしそんな多幸感は持続が難しい。
日常の喧噪で擦り取られていく記憶が何時しか華燭に彩られ、
過剰に増幅された感情が禁断症状の様に膨らんで、
満たせない欠乏感となって苛んでいく。

欲求を解消しようにも肝心の「京都三条 幸福屋」が東京には無い。
ならば今一度、期間出店に望みを託そうとすれども、
頼みの情報源の更新状況が滞り気味で当てにはならない。
自棄になって手当たり次第に都内のデパート関連のサイトを巡って、
ご当地イベントや物産展を虱潰しに当たるが、
行き違いやすれ違いをただ繰り返すのみ。
最終的には僅かな望みを託してフェイスブックの最終更新にある、
立川伊勢丹に網を張りひたすら待ち続ける事数か月。
ようやく巡り会えた「京都三条 幸福屋」のカウンターに乗った、
行燈型の白い看板を見た時の安堵感たるや、
筆舌に尽くし難い感情が去来してまさに半泣き状態。

そんなプレ多幸感を感じる男の背後では、
取れたて野菜を奪い合う初老のジェット団の軽い怒号が飛び交う。
そんな喧噪を余所にワクワクで看板前まで行く。
兎にも角にも先ずは注文を済ませる。
開店間際の販売区画に設えられた台の上には、
どこか繊細な印象が強い細面なたい焼き達が、
敷き詰められた網に棒グラフの様に整然と並んでいる。
それを物腰柔らかなおばちゃんが見守り、
更に売り場奥の僅かな明りが差し込むブースの中で、
黒の衣装で固めたお兄さんが次々にたい焼きを焼き上げている。

おばちゃんが丁寧に箱詰めしてくれたたい焼き達を受け取る。
熱が籠るのを防ぐ為に箱の口を閉じないのは、
たい焼き購入する上での必須事項である。
しかしそれは自重で刻々と曲がったり型が崩れていく様を、
なすすべなく只指をくわえて眺めるだけの、
己の無力感と向き合う辛く悲しい時間でもある。

会計を済ませて礼を述べると出来るだけ足早に移動。
もと来た階段の降りた直ぐのベンチへ一目散に向かい、
ギッシリと箱にひしめくたい焼きをサルベージ出来る場所を確保する。
より完璧で可能な限りのベストの状態で食べるために。
ただそれだけのために。

急ぎベンチの陣を構えて箱の中を覗き見て、
より状態の良い物を急ぎ選別して迅速に救出開始。
丁寧に扱ったつもりでも欠け落ちていく羽根が空しい。
それでも念願の「京都三条 幸福屋」のたい焼きを目の前に、
はやる気持ちを抑えつつ平常心を装いながら、
次々と階段を下りてくる買い物客にわざと見せつける様に、
色白で細面の薄い京美人のたい焼きに齧りつく。

羽根の水分量が極端に少ない。
薄氷の様に砕けて口の中の水分で溶けていく。
同じ餡を包む和菓子の中でも最も薄い皮のアレ。
駄菓子で言うなら梅ジャムをつけて二枚で挟んで食べるアレ。
つまりはたい焼きではお目に掛かった事の無い軽さ。
以前食べた時は持ち帰って食べたので、
湿気が羽根にも充満していてココまでとは気づかなかったが、
まさかこんな未知の存在を纏っていたとは驚愕である。

そしてその薄皮が強固に実態化した胴体周りは、
当たり前と言わんがばかりのモチモチ感で包まれていて、
餡の保持に関して最大の能力を惜しみなく発揮している。
この両極端に振り切れた皮の食感を堪能すると、
口内にユルリと奥ゆかしく餡がとろけ出して、
優しい甘さで舌の上っ面を撫でていく。

出過ぎた甘味が無い上品で風味豊かな粒餡が、
必要最低限で甘味の最大値を長時間維持している様に感じて、
典型的東京人である筆者の貧困な思考には、
いわゆる“雅”と表現される京都的な印象で類型化してしまう。
最低限の仕掛けで最上級の仕事をする…みたいな。

いろいろ考え過ぎた先の圧倒的な京都のイメージに押し潰され、
勝手に翻弄されながらも久方ぶりの多幸感に全身が打ち震え、
ドップリ頭まで浸りながらたい焼きを食べ進めてゆく。
そしてその多幸感は最後に残った羽根と一緒に溶けて消えていく。
今度再び出会える日までの余韻を存分に残して。

と、散々カスタードを褒めといて結局は小豆の餡に落ち着くのは、
ただただ小豆の餡が好きなだけなのであり、
併せて購入したカスタードはやはり只者では無かった事を付け加え、
本文章の主題の整合性を図ることにしよう。

価   格○あずき 140円
 
   
  
posted by EY at 23:18| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他のたい焼き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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